::::: 小梅母の徒然日記 :::::




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クリスマスも
終わって、あとは新年を迎える準備だけ・・という時期になりました。
私のパパもそうでしたが、サービス業に携わる人達の、この時期の忙しさといったら(^^;;)
25日の夕方にはクリスマス一色だったお店が、26日の開店の時には「迎春」の文字。

クリスマスを家族で過ごすなんて事は珍しく、26日になろうとする時間になってようやくパパがケーキを抱えて帰ってきた・・という具合でした。他の友達のクリスマスパーティの話なんかを聞いて羨ましい!
「パパみたいな仕事の人とは結婚しない」なんて事をママに訴えたりもしてました。
仕事の種類は全く違えど、人が休んでる時に仕事してるという点では小梅父も同じ。「なんでだろうねぇ~」とママと笑いあったりもしました。懐かしい思い出です。

かねてから患ってたママ・・・
たくさんのお友達にご心配をおかけしてましたが、10月半ばに亡くなりました。59歳でした。

ママは自分の病気について自分なりに学び、最期の時のために自らいろんな準備をしていました。
我が母親ながら尊敬に値する姿でした。
もともとしっかりした人でしたが、ここまで自分の死と向き合える人はそうそう居ないと思います。
私やパパは、遺影を準備したり身辺整理をするママを見て「縁起でもないっ!」と思ったりもしましたが、病気の進行が進むにつれ「ママの意思を尊重しよう」と気持ちに変化が現われました。
決してママの命を諦めたわけではなく「自分の思ったように準備して、思い残すことがなくなれば、残りの人生を悔いなく過ごせるのではないか」そういう気持ちになったのです。
これは、ママが亡くなった時に「いい結果」として反映されます。

最後は必要最低限の治療のみでホスピスに入院しました。
治療を止めると言い出だした時にも悩みました。
あとどれぐらいの余生なのか?こればかりはわかりませんが、苦しい治療をしながらの半年と、治療の苦しみもなく“普通”に暮らせる一ヶ月・・・どちらがママにとって最善なのか?
残される家族としては、一日でもママに生きてて欲しい!そう思うのは当然です。でも実際に苦しい思いをして治療に耐えるのはママ本人。
実際に何度も何度も苦しい治療に耐えてきたママに「がんばって!」とは言い出せない部分もありました。

おかげで・・というのは変ですが、ギリギリまで家で過ごすことができ、最後の入院はわずか8日間。
最後の数日は「気持ちいいぐらい眠れるわぁ」「ほな寝とき~」といった感じで、静かな時間を過ごしました。
亡くなる2日前ぐらいには、眠りながらも苦しそうな表情を見せることもありましたが・・・

ママは自分の病気を知っていたせいで、これから起こり得る症状についても知り尽くしていました。
ある意味プライドの高い人でしたから、考えられる症状について「そんなん嫌やなぁ」というのが口癖。
でも結局は、何一つ起こることなく綺麗な状態での最期でした。
「友引の日って、火葬場が休みやし、六曜も考えないとダメね」なんて言って、友引当日に亡くなる自分なりに計算しつくしたかのような最期でした。

最愛の人との別れに納得出来ることなんて無く、あの時ああすれば、もっとこうすれば・・・などという後悔の気持ちはつき物です。
もちろん私にしてもパパにしてもそう。
けれど、亡くなった直後は眠るようだったママの顔が、ホスピスの看護士さんたちに綺麗にしてもらってからは笑顔!
パパや私が涙しながらも、思わず「笑ってるし!」と吹き出すほどの笑顔でした。
遺族に対して周囲の人間が、また、遺族が自分達を慰めるように「いいお顔して・・・」と言いますが、大げさでもなんでもなく、確かにママは笑ってました。

ママ自身が納得した最期だったようにも思えます。
いえ・・・
どんな形であれ、悲しみにふす私やパパに対して「これでいいのよ」とでも言いたかったのでしょうか?

私がこう思いたい・・・という気持ちだけからかも知れませんが・・・
亡くなって数時間後の深夜、小梅父と小梅の待つ別宅に一人で運転して戻ったのですが、呆然としながら信号待ちをしていると、目の前に「四葉」のタクシーが・・・
京都に居ながら、乗る事はおろか、見た事も無かった四葉のタクシー。
「後悔することなんて何もないのよ」
ママがそう言ってくれているようで・・・


お年始のご挨拶に行けませんと先日書いたのはこういうわけです。
すでに年賀状の投函も済んでいるような時期のご報告で申し訳ありません。
なかなかご報告できなかった事情をおくみ取り頂き、お許しください。

亡くなった事実だけを伝えればいいような物を、ここまで書くなんて・・・と私自身思いもしますが、ママの最期は立派だったと言う事を再認識するため・・・自分を慰めるため・・・
私のママはこんなに素敵で立派な人だったのよ!と自慢したい気持ちもあって、あえて書きました。

不謹慎だと思われる方、不快な思いをされる方がいらっしゃるかも知れません。
ただ、受け止め方は人それぞれですし、我が家の状況がいいとも悪いとも言うつもりはありません。
事実を事実として書き記し、ご報告させていただくだけのつもりですので・・・

明るさを売りにしている私の「徒然日記」ですが、今日だけ・・・
今日だけは許してね。

小梅を連れてお見舞いに行ったときの写真です。
ホスピスはワンコOK♪

051227.jpg


もう!やめてよっ!ってママに怒られるかな(^^;;)
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2005/12/27(火)



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